historical study

経営者の経営者が読むべき歴史書のヒントになればと、経営・ビジネス視点で歴史を調べて、メモとして残していきます。

『青の歴史』:色に「意味」が付与される過程

青を中心にした、多様な色をめぐる西洋の物語。 「色」全般の歴史的知識を得る概説書としておすすめ。ちなみに史学の専門書で、書いているミシェル・パストゥローは紋章関連の著作で有名です。

さて、従来「青色」に関しては、古代の文献・資料に「青色」が現れないことから、 「古代人は青を認識していなかった」という解釈学的な学説すらありました。 それが、何故今ではこんなにもメジャーな色になったのか。 その逆転の歴史を描き出すという内容の本となっております。

以下、個人的な読書メモとしての整理です。

全体の流れ

古代では蛮族の色だった「青」が、中世以降、しだいに社会での立場を回復し、近代以降は国民的・大衆的な色となっていくという大筋。その中でも興味深かったのが、青が「フランス国王」の色となる中世期。

国王の色へ

中世も後半(1000年以降)に入ると、青は急速に流行り始める。「青」は「黒」にかわって、聖母マリアの喪を示す色として多用されていく。聖母マリアの絵の多くが、黒→青→金(17世紀)→白(19世紀)と塗り替えられるのは何かしら興味深いものはある。

その「青」の復権と平行して、青は「フランス国王」の色となり、フランス王家の紋章は「青地に三つの金色の王冠」となる。これは、権力者が青を使う初期の例である。国王の「青」と「金」は、絵画や文学作品の中にも現れる。例えば13世紀以降、アーサー王の挿絵や、現実のフランス王の肖像においては、「金髪と青服」が象徴的な描写となる。なぜ「青」だったのか。

中世後期以降、青色をめぐる環境を書き出す。

政治的な面

補足として説明すると、当時の「国王」とは、言ってみれば地域的な最高君主であった。一方「皇帝」と「教会」というものも存在し、こちらはキリスト教世界を守る普遍的な最高権力として存在していた(国連総長が皇帝や教会、各国家の元首が国王だと思ってくれれば、まあ正確ではないけど大丈夫)。

当時勢力を拡大していたフランス国王は、キリスト教社会の普遍的なリーダーの座を狙っていた。そのため、ドイツとイタリアに存在していた「皇帝」と「教皇」に対し、ある種の競争を仕掛けていた。当時、皇帝と教皇を象徴する色は「赤」であったため、それとの差別化という意味も、もしかしたらあったのかもしれない。フランス・オランダ・イギリスでは君主の色として「青」が普及し、イタリアとドイツでは皇帝と教皇は「赤」を好んで着ていた。今でも枢機卿の制服が「真紅」なのは、この頃の伝統。

経済的な面

「真紅」はヨーロッパでは超高級品であった。なぜなら、植物のアカネから茜色しか作り出せなかったからだ。

真紅・緋色に染めるには、ウチワサボテンに寄生する「コチニールカイガラムシ」という虫をすりつぶすという作業が必要であり、その虫は新大陸から輸入するほかなかった。現代でも有名なコチニール色素のコチニールです。このあたりの経緯は以下の本にも記載がある。

 

新大陸に進出したスペインが、原生するコチニールカイガラムシを発見し、16世紀前半はコルテスの指導のもと、その栽培・組織的収穫を開始し、生産を独占した。栽培・収穫方法は国家機密として管理されており、18世紀後半にその昆虫がメキシコから生きたまま「密輸出」されるまで、ヨーロッパでは植物染料として信じられていた(以上は『植物園の世紀』より)。

大航海時代以降しばらくは、アヘンにせよ染料にせよ、植物が国家を潤す時代であった。14世紀以降、赤色を奢多として禁止するときには、漠然と赤全体ではなく、その生成材料を指摘した法規制がなされていた。すでに、色の裏に、材料と言った経済的な視点を見出していたということ。当時、その生成が難しかった真紅は非常に高価であり、贅沢の対象として見なされていた。

倫理的な面

経済的な背景もあり、「赤(とりわけ真紅)」は贅沢の象徴となる。また同じ時期に「赤」は娼婦に対する差別的な色として指定されたりもする。

「赤」は最上層と最下層の着衣となり、中堅層に「青」が広まっていく。当時の「青」は決して不名誉でも差別的な色でもなかった(もちろん、鮮やか過ぎたり、高価すぎる青は規制されたが)。

同時期、綺麗な「黒」の染色法が確立したため、「お洒落意識」と「道徳的規範」におけるふさわしい妥協点として「黒」が礼服としての立場を確立していく。

宗教改革の時期にプロテスタントたちは、青色と黒色を好んで着ていた。カトリックの儀式では、古代からの伝統で「青」が使われていなかった。プロテスタントは贅沢の象徴である赤を嫌い、清貧な色である黒を好み、腐敗したカトリックの儀式に存在しない青を好んだ。

こうして青は「王」と「プロテスタント」の色となっていく。

個人的な感想

当時の文学作品や肖像なんてのは、パトロンへの「ご機嫌とり」の要素が強い。 つまり自分を援助している有力者を登場人物としてかっこよく描き、活躍させるものである。

「青」が、文学作品(英雄物語などの挿絵)や肖像に普及していたということは、 当時の人々の理想的君主像として「青」が存在していたのだろう。 上の三点を考慮すると、腐敗した社会的権力(赤)と対置されるべき指導力(青) というような通念が中世後期以降存在したのかもしれない。